N爺の藻岩山麓通信 |
ずーっと病院のベッドに横たわっていたからですね。おれの人生ってなんだったんだろう。ふと振り返ることがありました。“徒手空拳”。そんな言葉がとっさに浮かびました。そうは思いたくないのですが、おおむね徒手空拳の人生であったでしょう。
力を込めてやってみたこともありますが、たいしたことはありません。社会が必要としていないのに意味があるものだと思い込んでしていたことどもが、いまでは山を走り下る沢水のしずくのように思われます。 ゆえに人は旅に出るし祭りを必要とする、と考えたのも当然かもしれません。人生の楽しみは旅と祭り、わたしの場合は「お出かけ」と「にぎやかで晴れやかな集まり」にきわまると遅まきながら気づいたのです。この考えはもちろん、家や職など人が暮らしていくための必要条件を満たしたのち、その先にある必要に関してのことですが。 そう考えると、とても合点のいく行動が身近にあります。 わたしが所属した北大の山岳部では毎年、秋の終わりに札幌近郊にあるヘルベチアヒュッテという山小屋でお祭りをします。祭りといっても三々五々集まって焚き火を囲んで食べたり歌ったりするだけのことですが、その祭りにわざわざ小樽海岸の銭函駅から峠道を歩いてくるOBがいます。峠道は華やかな展望や鮮やかな紅葉に会えるでもなく、人の手が入った二次林や伐採跡地をたどるだけのことなのですが、7、8人の中高年がうれしそうに歩きます。わたしもそのひとり。なぜかはよくわかりません。秋の終わりの小さな旅と祭り。毎年、それを人生の楽しみのひとつにしていることだけは事実です。 2013年秋、お出かけ大好き、お祭り大好きなわたしが病院にいます。ヒュッテの祭りにも行けません。それでも旅には出たいので、家人に旅のファイルと地図帳を持って来てもらいました。少し古い旅の記録を振り返って思い出に浸り、何かを再発見をしながら、次はどこをどう歩こうかと地図帳の上を旅する。つまり旅の記憶と地図帳を駆使して過去、現在、未来を行き来する自由なひとり旅。そんな旅の今回のオリジナルは京都です。 秋の京都。みんなが好きな定番の旅先。わたしの町のすっかり少なくなった書店の店頭にも秋口になれば京都特集の雑誌が並びます。 2010年の初秋、本棚のガイドブックや雑誌をめくり、切り取ったりメモをしたりしながら大まかな計画を立てました。テーマは、のんびりとアートなお寺を巡る。川のほとりと町を歩き、おばんざいを食べる。 ま、こんなところかなと思ってさっそく足と宿を確保しましたが、見込みが甘かったことがあれば予想以上にはかどったこともありました。それはおいおい・・・。 初日は朝8時に新千歳空港を発ち、伊丹空港から大山崎の山荘美術館へ。 平日ながら11月下旬、小さな館に人がひしめいている。東京都町田市にある白洲次郎・正子夫妻の武相荘(ぶあいそう)もそうだが、書物やマスコミの紹介からイメージする館というのは立派である。しかし訪ねてみるとお屋敷は思ったより小さい。というより文人の好む私邸というのはたいがいが小振りで、そこが美術館や歴史的建造物として一般に公開され、わたしたち物見高い庶民が押し寄せるので手狭になっているだけのことだ。 ほかの人の邪魔にならないよう静かに邸内を見学して庭に出てひと休み。鎌倉の文学館なども同じお仲間だが小振りの館の多くは庭がいい。人々の多くは急ぎ足で館を去り、庭をのんびり眺め歩く人は少ない。旅がおいしくなるかどうかの分かれ目はそこにある。多くの人が通る動線からほんのすこし横にはずれてぼーっとする。茶屋がなければマイボトルでお茶にする。流れに乗らないだけで自由になれる。 京都駅近くのホテルにチェックインして午後は東福寺へ。 見込みちがいというか事情知らずのお上りさんは、JR奈良線東福寺駅から続く大変な人の波に巻き込まれてしまった。わたしたちはただ現代の庭師が造作した東福寺の方丈(僧侶の住所、応接間だったという)のモダンな庭を見たいのに、いったいこれは・・・。 いよいよ東福寺に入るというところでわかった。紅葉の名所があるのだ。わかったところで学んだ。よーし、今回の京都は紅葉の名所をパスしよう。みんなが集まる紅葉の京都のそのまた人気筋、観光の主動線をはずして歩いてやろう。それでもきっときれいな紅葉に会えるはずだから。 重森三玲(しげもりみれい)が1939年に完成させた「八相の庭」、なかでもくっきりした敷石の市松模様がまばらになって消えていく北庭は見事。
by waimo-dada
| 2013-10-26 14:04
| 山と旅
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