N爺の藻岩山麓通信


札幌・藻岩山麓を基地に旅するN爺のブログです(写真は原始ヶ原から富良野岳)
by waimo-dada

秋の京都歩きⅡ

 東福寺の人ごみを脱出して北に向かう。目指すは智積院(ちしゃくいん)と河井寛次郎記念館。
 この時期の京都はコートなしで歩くのにちょうど良い。わたしも連れもパパスの厚手のジャケットにコットンマフラー、スカーフを標準装備。薄いフリースの帽子と薄手の手袋もあるから寒さに対応できるし札幌に戻ったときの心配もない。
 そうしてぷらぷらと歩けば観光ゾーンにない普段着の町家、店屋、通りを見るともなく見ることができるし、街なかの小さな祠にも会える。
 通りに面して明るく開いた智積院の境内は一転、静かなものである。
 長谷川等伯・久蔵親子が制作した国宝の障壁画や利休好みという傑作庭園を前後左右の人的圧力なしにゆるゆると楽しめる。紅葉の名所、スポットといわれるところが観光客を強力に吸引するので、その反作用でアートな寺院や御仏をじっくり鑑賞できるのはじつにありがたい。
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 さて、次の目的、敬愛する陶芸家河井寛次郎さんの記念館はどこだろう。
 少し道に迷ったかなと思ったときに尋ねたご近所の方らしい中年の女性が、近くまでご親切に案内してくださった。
 河井寛次郎記念館は急ぎ旅の人は寄らないほうがよい。寛次郎さんのパワーある作品、ユーモラスな作品、自由自在なアトリエ兼お住まいであったところは、なにを求めるでもなく立ち寄った旅人に優しく微笑むにちがいない。実際、居合わせた数少ない訪問客はどなたももの静かで、記念館になじんでいた。それもこれも運営にたずさわる人々の仕事を含めて、すぐれた文化施設がそなえる力によるものだろう。
 「私どもにとっては、皆さんにこの記念館をご覧いただいたあと、何かの美、何かの感動、何かの驚き、何かのやすらぎを覚えて下されば無上の喜びでございます。河井寛次郎記念館」(同館のリーフレットより)
 
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 夕飯はおばんざいの店と決めていたが読みが甘かった。週の半ばなのに四条河原周辺、高瀬川沿いのこれという店はどこも予約を含めて地元の若い勤め人風のお客さんで満席。高瀬川に面した和食店「高瀬川くりお」でコースものを食す。
 そしてまた歩く。東に針路を取って石塀小路、ライトアップされている高台寺へ。こうなると人気観光コースだから四の五の言わずに夜間も公開している清水寺までぷらぷらと歩く。
 朝から夜まで、安くないウォーキングシューズと特製の中敷きが大いに働いて主人に貢献する一日となった。

 2日目は北の上賀茂神社から南の下鴨神社、西の大徳寺から東の漫殊院界隈。この4つの社寺を公共交通と徒歩でテキトーに結ぶ。
 ハイライトその一は水の道である。上賀茂神社周辺の水路、賀茂川沿いの歩道、飛び石。ぽこぽこと歩くほどに京都の水と川筋が目と足になじんでくる。旅をしているなあーと体が喜び、心がほころんでくる。
 ハイライトその二は大徳寺の大仙院や竜源院、瑞法院という人気の少ない塔頭である。規模は小さいが石庭がいい。楓の紅葉がきれいな髙桐院をついでに観光したが、人ごみを気にしなければそれなりに楽しめる。
 ハイライトその三は予定になかった貴船・鞍馬に向かう叡山電車の「もみじのトンネル」ライトアップ。のんびりと歩いていたら夜になった。そんな観光客に「次もありますわ」とささやいて観光消費の実をあげる京都観光は見事というほかない。
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3日目は筋道を立てて歩くというか王道を行くというか、紅葉で賑わうスポットをかわしながら。
 出発はわたしの定番「法然院」。観光寺ではないが一部の人に人気のあるところだ。今回は幸いにも墓参にいらしていた方から谷崎潤一郎夫妻の墓を教えていただき、訪れることができた。しだれ桜の下に小さな墓石、「寂」と「空」の二基。「寂」は潤一郎・松子夫妻の墓、「空」は松子夫人の妹夫妻の墓だという。
 「森林太郎墓」と実直に刻まれた森鴎外の津和野の墓を剛とするなら、谷崎の京都の墓は柔。ともにわが国が誇る文人の墓である。
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 哲学の道をたどり、特別公開していた安楽寺に寄り、僧侶から法然ゆかりの寺の由来を聞く。一帯は静かである。ときが静かに流れていく。拝観料が惜しくない。
 そこから紅葉で賑わう永観堂の脇をすり抜け、南禅寺の水路閣から琵琶湖疎水に誘われるように町に下りていった。国立近代美術館で豪勢な「上村松園展」をゆるゆると観て、今戒光明寺を訪ねれば今回の旅も終わりに近づく。
 仕上げに祇園の一角にある民営の何必館(かひつかん)・京都現代美術館でフランスの写真家「ウイリー・ロニス展」を鑑賞し、近くの洒落た店で婦女子へのお土産を買えば旅は終わるはずだった。
 が、その後、西本願寺を訪ねて一休みした。なぜそうしたのか。頭のなかの地図と足がそうしたのである。たぶん、次回は旅のしまいに東本願寺を訪ねるだろう。

写真注)以下は順に、哲学の道、安楽寺境内、何必館の光庭、白川の一本橋(行者橋) 
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 大学山岳部先輩のKさんからメールをいただいた。
 「通信拝見。紅葉の京都など行くものか、と思いながらも、どこがお勧めだろうかなどと考えています。案外いいのは京都御所、広大で少々人が多くても目立たない。この周辺には静かな神社や同志社の古い建物や新島譲ゆかりの地など(今は避けた方が賢明)があります。八重さんが最初に勤めた「女紅場(にょこうば)」というのは「府立第一高女」の前身、我が母校の鴨沂(おうき)高校の前身でした。ここから北上して鴨川の河原を北山を眺めながら、下賀茂・上賀茂神社をたどるのもいいと思います(かなり歩きます)。また銀閣寺の裏山から大文字山に登って滋賀の宮、三井寺にぬけるコースもいい。京に田舎ありです。
 いずれも50年前に私が親しんだノスタルジックコースです。気力体力が回復したら、ご一報ください。京都の穴場をお教えします。でも半世紀、京都はもはや他人の街なので、今も良いかどうか保証できません。」

 学生時代に京都御所近くのKさんの実家に泊めていただいたことがある。簡素ですてきなお家だった。そのときもずいぶんと歩いた。街なかでしこたま飲んでから円山公園のあたりを早足に案内されて息が切れた。
 Kさんのメールにある「銀閣寺の裏山から滋賀の宮にぬけるコース」は知らないし、修学院離宮や泉涌寺(せんにゅうじ)など、知識はあっても歩いたことのないところがまだまだある。
 山越えもしたいし、町家の宿にも泊まりたいなあ、となると次回の京都は初夏だろうか。
# by waimo-dada | 2013-10-29 23:09 | 山と旅

秋の京都歩きⅠ  

  ずーっと病院のベッドに横たわっていたからですね。おれの人生ってなんだったんだろう。ふと振り返ることがありました。“徒手空拳”。そんな言葉がとっさに浮かびました。そうは思いたくないのですが、おおむね徒手空拳の人生であったでしょう。
 力を込めてやってみたこともありますが、たいしたことはありません。社会が必要としていないのに意味があるものだと思い込んでしていたことどもが、いまでは山を走り下る沢水のしずくのように思われます。
 ゆえに人は旅に出るし祭りを必要とする、と考えたのも当然かもしれません。人生の楽しみは旅と祭り、わたしの場合は「お出かけ」と「にぎやかで晴れやかな集まり」にきわまると遅まきながら気づいたのです。この考えはもちろん、家や職など人が暮らしていくための必要条件を満たしたのち、その先にある必要に関してのことですが。

 そう考えると、とても合点のいく行動が身近にあります。
 わたしが所属した北大の山岳部では毎年、秋の終わりに札幌近郊にあるヘルベチアヒュッテという山小屋でお祭りをします。祭りといっても三々五々集まって焚き火を囲んで食べたり歌ったりするだけのことですが、その祭りにわざわざ小樽海岸の銭函駅から峠道を歩いてくるOBがいます。峠道は華やかな展望や鮮やかな紅葉に会えるでもなく、人の手が入った二次林や伐採跡地をたどるだけのことなのですが、7、8人の中高年がうれしそうに歩きます。わたしもそのひとり。なぜかはよくわかりません。秋の終わりの小さな旅と祭り。毎年、それを人生の楽しみのひとつにしていることだけは事実です。

 2013年秋、お出かけ大好き、お祭り大好きなわたしが病院にいます。ヒュッテの祭りにも行けません。それでも旅には出たいので、家人に旅のファイルと地図帳を持って来てもらいました。少し古い旅の記録を振り返って思い出に浸り、何かを再発見をしながら、次はどこをどう歩こうかと地図帳の上を旅する。つまり旅の記憶と地図帳を駆使して過去、現在、未来を行き来する自由なひとり旅。そんな旅の今回のオリジナルは京都です。

 秋の京都。みんなが好きな定番の旅先。わたしの町のすっかり少なくなった書店の店頭にも秋口になれば京都特集の雑誌が並びます。
 2010年の初秋、本棚のガイドブックや雑誌をめくり、切り取ったりメモをしたりしながら大まかな計画を立てました。テーマは、のんびりとアートなお寺を巡る。川のほとりと町を歩き、おばんざいを食べる。
 ま、こんなところかなと思ってさっそく足と宿を確保しましたが、見込みが甘かったことがあれば予想以上にはかどったこともありました。それはおいおい・・・。


 初日は朝8時に新千歳空港を発ち、伊丹空港から大山崎の山荘美術館へ。
 平日ながら11月下旬、小さな館に人がひしめいている。東京都町田市にある白洲次郎・正子夫妻の武相荘(ぶあいそう)もそうだが、書物やマスコミの紹介からイメージする館というのは立派である。しかし訪ねてみるとお屋敷は思ったより小さい。というより文人の好む私邸というのはたいがいが小振りで、そこが美術館や歴史的建造物として一般に公開され、わたしたち物見高い庶民が押し寄せるので手狭になっているだけのことだ。
 ほかの人の邪魔にならないよう静かに邸内を見学して庭に出てひと休み。鎌倉の文学館なども同じお仲間だが小振りの館の多くは庭がいい。人々の多くは急ぎ足で館を去り、庭をのんびり眺め歩く人は少ない。旅がおいしくなるかどうかの分かれ目はそこにある。多くの人が通る動線からほんのすこし横にはずれてぼーっとする。茶屋がなければマイボトルでお茶にする。流れに乗らないだけで自由になれる。
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 京都駅近くのホテルにチェックインして午後は東福寺へ。
 見込みちがいというか事情知らずのお上りさんは、JR奈良線東福寺駅から続く大変な人の波に巻き込まれてしまった。わたしたちはただ現代の庭師が造作した東福寺の方丈(僧侶の住所、応接間だったという)のモダンな庭を見たいのに、いったいこれは・・・。
 いよいよ東福寺に入るというところでわかった。紅葉の名所があるのだ。わかったところで学んだ。よーし、今回の京都は紅葉の名所をパスしよう。みんなが集まる紅葉の京都のそのまた人気筋、観光の主動線をはずして歩いてやろう。それでもきっときれいな紅葉に会えるはずだから。
 重森三玲(しげもりみれい)が1939年に完成させた「八相の庭」、なかでもくっきりした敷石の市松模様がまばらになって消えていく北庭は見事。
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# by waimo-dada | 2013-10-26 14:04 | 山と旅

2013年北海道演劇宣伝美術大賞(らてるね賞)募集中止

《謹告》 
 大変申しわけありませんが、2013年北海道演劇宣伝美術大賞(らてるね賞)の募集と選考を中止いたします。食道がんを治療中の主宰者の入院が長引き、また状態が必ずしも良くないため、賞の実務と選考の任に堪えられない可能性があるからです。
 チラシ作品を定期的に送付いただいている劇場の皆様にはこれまでのご協力に厚く感謝申しあげるとともに、貴重な資料としてチラシ作品の収集を続ける所存ですので、もしご不快でなければ今後とも送付いただけますよう、重ねてお願い申しあげます。
 2013年10月16日 らてるね賞主宰:伏島信治
# by waimo-dada | 2013-10-16 11:26 | 北海道演劇宣伝美術大賞

音楽の陽だまり

 2013年夏から秋へ。
 街を歩けば、くすんだ舗道の上に平和で幸福な日々と明日の保証もない不幸せな日々が交じりあって石のように転がっている。
 この国にはいつのまにか能天気に文化を享受できない灰色の路が広がっていた。平和で幸福な気分にひたるために欠かせない若い人たちの希望が、雨に濡れそぼつ花火のように光と未来を喪っていたからだ。
 まっとうな職を得られない、結婚できない、家族を養えない・・・。

 せんじつめればこうなるもとは、稼ぎの多寡にある。
 まことに不遜、怠慢、不誠実な仕事ぶりながら、国税庁がようやく給与所得者を「正規」と「非正規」に分類して2012年の平均給与をはじいた(毎日新聞2013.9.28)。
 民間企業約2万社の給与から推計したという数字は、正規467万円、非正規168万円。非正労働者の稼ぎは200万円に満たない。で、厚生労働白書2012年版によれば、労働者全体に占めるこの非正規雇用の割合は、2000年の26%から2011年には35%に増加している。
 年齢階層別のデータが手元にないのでこれが若い非正規雇用層の実態だとはいえないが、若い世代の貧困に関する新聞やテレビの報道、NPOの会報などで見聞した多くの事例を思い浮かべると、年間200万円の壁の前で立ちすくむ人々、手取り月収10数万円の暮らしぶりに目を閉じるわけにはいかなくなる。

 そんな若い世代をつくった結果責任を負う人々、わたしたち団塊の世代をはじめ年金がそれなりにあたる人生後期の安全地帯に入った人々に、いったい真に平和で幸福な日々は来るのか。思えば気が重くなる話である。
 しかし、気が重くなるのはけっして悪いことではあるまい。むしろまっとうな心持ちではないだろうか。もしかしたら、ある日、何かのバネになるかもしれない。血管の浮き出た老いた腕がムシロ旗を掲げる勇気を養うかもしれない。
 (ふと妄想が頭のなかを走る。いつか都心の大きな通りでフランスデモをやってみたい。そう、手をつないで、道路いっぱいに広がって行進するデモ。あれは楽しい! 先頭がすぐに逮捕されるドジなデモだけど・・・)
 そんな妄想の小石を胸にそっとしまい、陽だまりを探して歩いてみた。

 夏から秋、列島の各地で無数の音楽イベントが開催された。わたしたちはそのごく一部しか享受できないが、メディアの発達した今日はラジオや新聞だけでなくインターネットを通じて直接間接に音楽を楽しんだり、音楽シーンに想いを寄せたりすることができる。
 そのなかには意外な事実や新鮮な発見を伴うものが少なくなかった。音楽を聴くとはどういうことか、わたしたちはある固定された様式を音楽鑑賞だと信じていないか、改めて考えさせられることもあった。以下、手帳の走り書きと日々高速度で消えてゆく記憶の断片、いただいたメールなどから。

〈6/26 新国立劇場中劇場 創作オペラ「夜叉ケ池」〉
 新千歳から成田へ。初めてのLCCジェットスターは往復1万円弱。佐倉の川村記念美術館に寄る。たいそうなお金をかけた庭園美術館だ。レストランからの眺めもよいが雨の日の平日なのにランチにありつくまで1時間半も待たせるお粗末なオペレーション。周囲にはなにもない。コンビニもない。晴れた休日はどうなるんだろう。いくらなんでもランチボックスくらいは用意するんでしょうね。
 ホスピタリティ欠乏症の美術館で不用意な時間をとられ、東京都心の夕食は東京駅のエキナカベンチとなった。サンドウィッチをかじって初台に急ぐ。新国立劇場の創作オペラはどうしてもこの身で体験しなければならない。 

 新国立劇場のオペラ部門の芸術監督は、札幌交響楽団音楽監督の尾高忠明さん。
 札幌ではオペラも上演できる大型劇場が中央区北1西1に5年後の2018年度にオープンする。名前はまだない。市民交流複合施設という殺風景な名称で市街地再開発計画が進んでいる。その再開発ビルの中に2,300人収容の大きな公立劇場ができる。当然、貸し館だけでなくオペラもミュージカルも創り出していく、にちがいない。というのはわたしの思い込みだけで、じつは創造的な思想、構想は今のところまったく見えない。わかるのは、頭脳を持たない巨大な体躯のシアターの建設が進んでいるということだけだ。

 そんなことはないだろう、と考えたい。
 もしオペラを創るというなら、まず必要な創り手を組織し、運営体勢を確立しなければならない。オペラは、歌舞伎や映画もそうだが総合芸術であるだけに多くの多彩な才能を求める。しかし、脚本、音楽、舞台美術、衣装などパーツのすべてを単独で内製化して制作販売しなければならないというものでもない。各地の有力劇場と提携してノウハウを蓄積し、合同制作、巡回公演という仕組みに参入することも十二分に考えられる。そもそもこの劇場はどんな目的で、だれのために、いかに運営されるべきか。考え抜かれた計画的な戦略と多くの人の多様な時間を必要とする。
 市制百数十年記念の市民オペラまたはミュージカルをやってみんなで盛り上がりました、めでたし、めでたし、というような話ではない。
 だから新国立劇場との連携はとても重要な意味を持つはずだ。しかし・・・。

 休憩時間に尾高さんご夫妻のお姿が見えた。ご挨拶して札幌の計画についてたずねた。尾高さんのお答えは「そんな話、知りません」だった。
 話の接ぎ穂を失ったわたしは、「札幌に戻りましたら、しかるべき方にお伝えします」としか言えなかった。
 後日、札幌で尾高さんに近い方に伺うと、「計画の説明を受けたことはある」とのことだった。おそらく、説明する側は尾高さんがどんな方かさえ十分に知っていない。もったいないではすまされない。公立劇場を「計画」する話になっていないのだ。再開発ビルのある部分をハード面から建設、整備するだけの話にとどまっている。そのハードも、どうやら窮屈そうなお話であった。
 行政内部の管轄も複雑で、公立劇場の担当は文化部でなくまちづくり担当部局だ。劇場づくりの指揮、戦略戦術は、だれの目にも見えていない。

 新国立劇場創作委嘱作品・世界初演、泉鏡花原作、香月修作曲の「夜叉ヶ池」はすばらしかった。
 この純国産オペラの制作を主導したのはほかならぬ尾高忠明さんである。
 札幌が頂戴している尾高さんとのご縁をどう生かしていくか。
 課題はもちろんそれだけではないけれど、市民のみなさん、敗者復活戦をあきらめるわけにはまだ早い、とわたしは思う。

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〈7/5 札響夏の特別演奏会“ザ・プリンシパルズ”〉
 指揮は尾高忠明さん。オーボエ独奏者がカデンツァをホールいっぱいに響かせはじめた。おもしろい。彼女がつくったカデンツァだろうか。わたしはこの独創的なコンサートが成功したと思った。企画、マーケティング、演奏の三点が揃った。なにより、若い主席奏者が楽器といっしょになってキタラの大ホールに響いているのがうれしい。おしまいはラヴェルの「ボレロ」大合奏。晴れやかで瑞々しいコンサートになった。
 彼らもわたしたち聴く者もうれしかったザ・プリンシパルズ。ぜひ、シリーズで・・・。われらが札響のコンサートに若い市民がもっともっと聴きに来るように。そう、今日はキタラに若い人が目についた。ブラバンや学生オケの子が多いのだろうか。

〈7/24 ノルウエー・サーミとアイヌの交流コンサート〉
 お目当てはOKI&MAREWREW(オキ&マレウレウ)。会場の大通2丁目サッポロミュージックテントに早く出向いていい席を確保した。何組も登場してトリがOKIさんたち。しなやかで強く美しいOKIさんたちの表現、その確固たる様式は、すでに世界に通じている。この先どこに向かうか、注目したい。

〈9/8 北海道ツアー二人会 島袋優(ビギン)×大島保克 琉球処ちゅらうたや〉
 チケットを買ってあったが8月末に入院して行けなくなった。2007年にピアノのジェフリー・キーザーと共演したCDを聴いて好きになった大島さんの唄を生で聴きたかった。そこで家人Aと家人Bに飲食店内かぶり付き鑑賞を代行してもらった。家人A、Bは本の捜索隊員を命じられたり、沖縄音楽鑑賞代理人に指名されたりと、なにかと忙しい。
 その家人Aのメールから。
 「大島さんの声がきれいだった。若いのか年寄りなのか分からない魅力がありました(実年齢は40半ば)。やんちゃな子ども(島袋)を優しく見守るお母さん(大島)って感じ、二人は同級生なのに。(あくまで個人の感想です)
 トークも面白かったよ。常連さんノリノリ。
 母さんはポップ系より島唄っぽい方が好みだったって。確かに、島唄っぽい曲は西表に行った時の風を感じた。特に牛車で離島に行った時の感じ。
 島唄にも地域差とか色々あるらしいけど、そこまでは分からなかった」

 家人A、Bといっしょに沖縄に行ったのはいつのことだろう。講演のついでに那覇に2泊、西表に3泊した。
 石垣島に戻る西表島のフェリー乗り場兼バス乗り場でバスの運転手が三線をのんびりと練習していた。
 「これくらいできるようにならないとね」と彼は言うのだが、さて、いつになったらうまくなるんだろうという感じ。あれも島時間というのでしょうか。わたしは好きです。

〈9/10NHKFMクラシックカフェ〉
 早朝、病院のベッドでアンドラーシュ・シフのピアノでバッハ「パルティータ第1番変ロ長調」(BWV825)を聴く。
 なんだ、この革新的演奏は。グレン・グールドのバッハだけが革新的ではなかった。シフが弾くハイドンのピアノソナタは好きでCDもあるが、バッハをこんなふうに弾くとは知らなかった。熱心な音楽ファンでない、何十年も遅れて遊んでいるわたしには驚くことが毎日のようにある。高価なレコードを買えなくてひたすら頼りにしていた学生時代からのFMラジオ放送に今日も感謝。
 かつて、1977年の初来日のときだったろうか、若きシフを聴くチャンスはあった。厚生年金ホールであった札響との競演に出かけようとしたら急な仕事が入った。タクシーで駆けつけたときには前半のピアノ協奏曲はもう始まっていた。もちろん客席には入れない。
 何本も大きな仕事を抱えて得意気に走り回っていたころのこと。仕事はおもしろいがそれだけだとようやく気づいた。だれもいないロビーで初めてうなだれた。

〈9/14 毎日新聞 梅津時比古「新・コンサートを読む」〉
 今年で34回目を迎えた群馬県草津町の「草津夏期国際音楽祭アカデミー&フェスティヴァル」。今年の開催期間8/17〜8/31。草津は標高1,200mの温泉保養地。夏も軽井沢並みにすごしやすい。
 ちなみに、札幌で開催されるパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)は今年で24回目。開催期間は7/6〜7/31。10歳も年長さんの草津に敬意を表してか、海外から招くゲストのスケジュールを考慮してか、開催期間ですみ分けている。
 この新聞記事は出色、異色のコンサートレポートである。少し長いが記事の要所を抜粋して引用する。

 「曲を通して、遠山と楽器は一体となり、聴いていて楽器の存在をすっかり忘れた。ピアノを弾かないで弾いている。楽器に力づくでものを言わせない。生まれてくる音に耳を傾けている。音が自然にモーツァルトとして鳴っている。」
 ・・・こうした体験は一般のわたしたちにもなくはない。わたしもキタラで何度か経験している。演奏会に出かけていった者だけが味わえる至福のときがある。

 「休憩が終わりに近づいても、美しい音が耳から離れず、そこにほかの音をまぜる気がせず、後半を聴くのをやめた。」
 ・・・想像できます。しかし、そこまでの経験はわたしにはない。
 この日のコンサートのお題は、シューベルト「ます」/ウェルナー・ヒンクと仲間たち。つまり主人公はPMFの講師としてもなじみ深い元ウィーンフィルのヒンクさんである。ピアニストの遠山慶子さん(1934年生まれの79歳)はこの音楽祭を始められたお一人である遠山一行さんの妻とはいえ形式上はお仲間のひとりにすぎない。その遠山さんがコンサートの冒頭でモーツァルトのピアノソナタヘ長調K332を弾き、つぎにヒンクさんとモーツァルトのバイオリンソナタ変ロ長調K378を演奏した。
 筆者の梅津さんは遠山さんの音に身も心も投じてしまったようだ。

 「ホールの外に出て、夕暮れ前の草津の森を一人で歩いた。青空がまだ残って、いわし雲が白い線を何本もかけていた。笹を分けて森へ入って歩いていると、遠く水の音が聞こえてきた。せせらぎがあるのかと思ったが、なかなか近づかず、不意に消えてしまった。風がやみ、静けさに満ちると、せせらぎに聞こえたのは、風による木々のざわめきと分かった。全く無音になった森の中を、黄色の羽の小さな蝶が舞って葉に見え隠れする。たくさんの音に囲まれているはずの森のこの静けさによって、世界と一体になれる気がした。
 遠山の音も、世界と融和する静けさだった、と気づいた。」
 ・・・なんともぜいたくな時間をすごされたものよ。
 群馬県生まれのわたしはこの音楽祭に参加したことはない。もし時間と多少の運がわたしの身に残るなら、早めにチケットと宿を予約して出かけてみたい。

〈10/11 札響10月定期公演より、ラドミル・エリシュカ指揮・チェロ首席奏者石川祐支による
ドヴォルジャーク「チェロ協奏曲」〉

 知人にメールで「札響10月定期に行こう」と呼びかけたら、Oさんからこんなうれしいメールが返ってきた。

 「石川さんのチェロの音色は、とても品位があって、透明感がありました。
 秋の澄んだ空気のようで、2楽章のチェロの旋律が歌う部分など、豊かで、本当に美しかったです。(中略)石川さんのチェロに大平さんはじめ弦パートがかぶっていくところなども、とても音色が調和しているように聞こえ、(私だけかもしれませんが)同じオケでいつも演奏している一体感のような繋がりを感じました。
 石川さんのアンコールは、バッハの無伴奏第6番サラバンドでこれも素敵でした!
 前半に集中しすぎて、後半、あまり覚えておりません・・・」

  こんなメールを頂戴すると、車椅子に乗ってでもコンサートに行きたくなる。
 わたくし、地元にいい楽隊と音楽堂がある幸せを東区本町病院のベッドの上でしみじみと思うのでありました。


写真注)2枚目は6月末に上京したとき、森美術館で開催されていたLOVE展から草間弥生さんの作品「愛が呼んでいる」。例外的に撮影が許されていたので夜景をバックに1枚。
 展覧会の最後を飾るのは札幌で生まれた初音ミクの映像。未来の可能性を示してというねらいでしょうが、安易でつまらない。軽くバカにされた感じ。
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# by waimo-dada | 2013-10-15 17:45 | アートな日々

ラジオ発、書籍捜索隊

 ラジオな日々に欠かせないのが質の良いトーク番組。これが少ないですね。

日曜日の昼すぎのNHKFMはその少ないトーク番組で、おもしろいのに当たるとちょっと得した感じになります。先週日曜日(2013.9.22)の「トーキングウィズ松尾堂」はわたしの好きなイラストレーター安西水丸さんと缶詰博士といわれる黒川勇人さんがゲスト。“子どものころ缶詰のラベルや挿絵を描く人になりたかった”安西さんの話とナポレオンの軍用携帯食料に始まるという奥深く世界の広い缶詰の話が交わって、楽しいほのぼのトークになった。(お話のあらましはNHKのラジオ番組サイトをどうぞ)

 安西さんは画家になろうとはまったく考えずにイラストレーターになったという。一方の缶詰は、私見によれば、そのままでは料理そのものと比べようがない食品工業製品である。つまり両者は非ゲイジュツという特性、もしくはゲイジュツでなくて一向にかまわないという自由な出自を相持つ、遠くて近い親戚のようなものである。
 しかし、ここが肝心なところだが、イラストレーションと缶詰がわたしたちの暮らしにおいてすこぶる有用な存在であることはだれも否定できない。イラストのない暮らし、缶詰がない暮らしを想像するや否や、わたしたちの日常に味気なさ、安心と便利のなさが降るかかることを初めて知って、ようやく事態が容易ならざるものと認識されるのである。

 ふだん、母さんのツナ缶や父さんの焼き鳥缶などごく一部を除いてあまり缶詰を利用しない人々にとって、缶詰の有用性はせいぜい非常事態に備えて備蓄するものくらいの理解にとどまるが、料理がそのまま入って型くずれしない点でレトルトに勝り、かつ大量生産できるので経済的であるといった点はもっと知られてよいだろう。
 最近、缶詰を食しながら一杯やる缶詰バー(缶詰スタンドといったほうがよいとわたしは思う)や缶詰料理の専門店が街に登場してきたのは、人々が缶詰の可能性と経済性を我が身で考察するうえでまことに理にかなったことであり、広く市民に、とくに芸術家と美食家に推挙したいところである。

 さて、安西水丸氏のこと。
 あ、あの本を見たい、読みたいと本町病院のベッドのうえで思いついてしまった。
 ラジオのトーク番組が一冊の本を探させるのは、音楽番組がCDを探させるのと同じで、これも理にかなった自然な行動である。しかし、探させる本人は病院にいて探す人々は家にいる。えらいことになってしまった。

 本のタイトルはサイトで作家名を検索してすぐ思い出せた。家人はその本を自宅で見かけたことをはっきり思い出した。わたし(たち)が探すハードカバーの本は品切れで簡単に手に入らないこともわかった。こうなったら探すほかないですね、家の者が。
 これが村上春樹・安西水丸『ランゲルハンス島の午後』(光文社、1986年発行の初版本)である。表紙がまさにイラストレーションそのもの。鮮やかな配色で全編カッコいい。しかし見つからない。かつて大量に本を処分したから蔵書といえる本の数ではないが、それでも居間と事務所のごく限られた空間にびっしりだ。捜索執行人であるわたしは家人2名に賞金付きで本格的な書籍1件代理捜索業務を命じた。
 だが、未だ発見ならずの報が続き、続き、夜になっても続いた・・・。

 捜索2日目。
 「見つからないなら古本を検索して買えばー」的家人Aに対する肉体労働派の家人Bがとうとう見つけた場所は、わたしが一番大切にする文学や自然・山岳系の本を集めた本棚の下のほう。棚の下に小判ザメのようにへばりついているのがランゲルハンス島(膵臓の一部で、インスリンなどを分泌する膵島とのこと。大事なところだよね)だった。小説などと比べてなまじ大きいだけに邪魔にされ、一番上から一番下に降格されていたのである。ごめん、ランゲルハンス島さん、おうちのみなさん。
 家人Bの着眼点と執念にまたしても感謝。言い忘れたが、Bは単純労働派ではないのである。

 さっそく読んだ。イラストを見た。暇になったらめくろうととりあえず買って4半世紀がすぎていた。
 おもしろかった。村上春樹さん、安西水丸さんともにカッコいいうえに、都会的なエッセイとイラストがギターとピアノのデュオのような具合になっている。いや、ヴォーカルとピアノか。ステージはハードカバー。今でも表紙が変わった文庫本で手に入るが、このハードカバー本のカッコ良さ、家族の時間を犠牲にしてこの手に戻した至福の時がどれほど伝わるか。

 翌日。
 朋あり。遠方より来たる。
 昼前に、美瑛からN島さんが見舞いに来られた。
 メールとブログをご覧になったのですね。
 「いやー、びっくりしました」
 N島さんはお優しい。律儀である。
 5年にわたる『北加伊道カルタ』の制作をともにした仲間のひとりで、手間ひまのかかる寄り合いに遠い美瑛からほとんど欠かさずにやって来られた。合宿と称してN島さん経営のペンションにみんなで押し掛けたこともある。

 美瑛でいま改めて問題になっている観光客の農場立ち入りという、マナーも節操もない不法状態の話になった。わたしは、何も知らない観光客に優しく諭して問題を解決しながら美瑛ブランドを高める「美瑛ルール」の考え方と枠組みをN島さんに提案した。雪崩事故防止を旨とする「ニセコルール」や富士山のこの夏の登山抑制策を例にとりながら。
 N島さんはとても喜んでくれた。が、うれしかったのは不器用ながらプランナー、アドヴァイザーとして生きてきたわたしのほうである。
 N島さんは同じ世俗の海をわたりながら、とても自然に人に優しく生きてきた、世間にあまり見ない方である。
 安西さんたちの本のように穏やかなN島さん家族の幸せな仕事ぶりと、そこから望む十勝岳連峰の大きな四季を想う。
 それも、また楽しからずや。
 
写真注)2枚目の怪しげな器物はわたしの子どものころから売られている「中山式快癒器」。腰や背中がだるいときに下にし、自分の体重で圧をかける。痛くないし、癖になる心地よさ。入院してすぐ家人に運ばせたがほとんど使わないのは本町病院のベッドが優れているからか。
 国際特許を取得しているトウキョウメイドゆえ、2020年のオリンピック土産にいいのではと思う。

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# by waimo-dada | 2013-09-25 15:48 | ラジオな日々