N爺の藻岩山麓通信


札幌・藻岩山麓を基地に旅するN爺のブログです(写真は原始ヶ原から富良野岳)
by waimo-dada

カテゴリ:アートな日々( 11 )

音楽の捧げもの

 1960年代後期に大学に進学し、アルバイトしてレコードを買った。団塊世代にとって少なくない体験のひとつが今も記憶に残るのは、レコードが高かったからである。
 再生装置も高かった。ソニーが若者向けに出したオーディオコンポのプレーヤーのカートリッジの規格は、MMでなければMCでもなく、安物のセラミックだった。チューナー兼アンプのボリュームをすこし上げればレコードプレーヤーのゴロゴロという音を拾ってくれた。プレーヤーもベルトドライブなんて高級なものでなく、モーター直結のゴム部品の回転をこすりつけるだけ。そんな3万円台の安物セットでも大学生協で月賦買いすると決めるには100日分の勇気とバイトが必要だった。
 そのころ、金がないときに空腹をごまかす必需品が東洋水産の「マルちゃんダブルラーメン」35円也であった。これがあれば1日をすごすことができる。キャベツのヘタでも入ればぜいたくなもの。その35円がほしくて遠い古本屋まで歩いて、泣くような思いで本を売った。当時、外食では北大生協食堂のカレーライスまたはラーメンが60円。タクシー初乗り料金が90円の時代だった。

 初めて買ったレコードはアルヒーフ原盤のJ・S・バッハ「ブランデンブルク協奏曲」、カール・ヒリター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏である。しっかりしたキャンバス製の箱に入った輸入盤LP2枚組。近くて遠い道のりだった。
 それから同じリヒターによる「音楽の捧げもの」、パブロ・カザロスの「無伴奏チェロ組曲全集」など。
 クラシックのLPレコードはわたしのささやかな宝物である。
 JAZZを聴いても演歌を聴いてもJポップを聴いても、ひとり帰る先にクラシック音楽があるのは安心貯金だったような気がする。感傷や追憶とは無縁に時空のなかで立っているのだがすこしも冷たくない。バッハやハイドンの仕事には古典の古典たる美と巧みがある。
 それは現代に引き継がれていて、たとえばキース・ジャレットのブレーメン、ローザンヌのソロコンサートを記録した3枚組のLPで知ることができる。強靭で美しいピアノタッチひとつに古典が光り、次の世代に受け継がれる。

 秋のある日、わたしが病を得てコンサートに行けないことを知った札幌交響楽団のM澤さんが旧知のY田さんを伴って、公演の記録を携えて病院に見舞いに来てくださった。みんなが大好きなラドミル・エリシュカさん指揮のドボルジャーク「チェロ協奏曲」、チェロは首席奏者の石川祐支さん。わたしは東日本大震災後のチャリティーコンサートで石川さんの演奏を身近に聴いてすっかりファンになっていた。そしてブラームスの「交響曲第3番」。
 宝物がまたふえた。

 暮れにギターのジム・ホールが亡くなった。年明けにベースのロン・カーターとブルーノート東京で公演の予定が入っていた。ピアノのビル・エバンスと「アンダー・カレント」という美しい演奏とジャケットのLPを残した。合掌。
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 あたらしいJAZZピアニストを知った。「Nobody Goes Away」という4作目のCDのカバー写真はわたしの散歩・ジョギングコース、旭山公園の「チェーホフの小径」だ。札幌出身の外山安樹子(とやまあきこ)さんという。十分な実力を備えている。どんな仕事をしてゆくか楽しみだ。

 暮れも押し迫って旧知のJAZZボーカリスト、木村篤子さんがギタリストの長沼タツルさんと拙宅においでになった。
 “Night and Day”, “Moon River”,ギターソロでユーミンの初期の名作のひとつ“やさしさに包まれたなら”、そしてユーミンが愛した詩人ジャップ・プレヴェールの話から“枯れ葉”。家庭内スーパーライヴとなった。
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 音楽の捧げもの。それは簡単に力であるなんていえない何かである。ときにお返しできない何かで静かに満ちている。

 すべての音楽家に、良いお年を。
by waimo-dada | 2013-12-31 23:30 | アートな日々

年寄りはもっと繰り言を言うべし

 よもや、まさか・・・の1年でありました。みんなの大好きなご気分投票の結果、お任せ民主主義が一気にはびこり、この国の「普通」や「常態」が確実に劣化しました。
 為政者によるこの1年の仕上げは一民間宗教法人である靖国神社への参拝でしたか。
 天皇がなぜ靖国を参拝できないでいるか。A級戦犯合祀の経過と背景にすこしでも目をやればわかる話です。そんな男に宮中で種々内奏される陛下のお気持ちはいかに。国の象徴だから、だからこそ、押し寄せる政治の波を拒否することはできません。ただ一方的に奏上されるだけ。奏上した側はお聞届きいただいたと勝手に考えて喜ぶ。お痛ましいかぎりです。
 国営アーリントン墓地といっしょにするなというアメリカ合衆国の声もしっかり聞こえたはずなのに「日米同盟強化」としらじらと言ってとうとう参拝。国家戦略とは明文化された書類だけがすべてでないことを知っているはずなのに。
 自衛、自立。そして誇り高い孤立・・・。精神はわたしたちの財布から予算を処置することで形にすることができます。批判が届かない物質世界と精神を動員される時代が再びやってこようとはだれも考えていなかったのに。

 もし、孤立と高揚がお友だちであることをよく理解している為政者の高級参謀がいるなら、かれらは次の一手をどんどん繰り出してくるでしょう。自発的な志願へと誘う巧妙な段取りの志願兵制度の設計など、優秀な官僚にはたまらない魅力的業務がこの先の街角で待っているのでしょうか。
 きっと、楽しいでしょうね。国民の感情をうまく案配できそうだと確信できたときには。
 民間もまた、世界的企業となったグーグル社が軍事ロボット開発会社を買収する時代が到来したことを見習って、新たな産学官軍のビジネスモデルの設計に投資の目を向けるでしょう。3大銀行グループの熱い支援を受けながら。

 文芸の世界にも時代の反映が。
 百田尚樹のミリオンヒット『永遠の0』と映画は必見なのでしょうね。わたしの周辺からも「右傾気分高揚エンターテイメント」らしき賞賛の声が聞こえます。巧妙な筋立てと立派なニッポン人像に心惹かれ、染まっていくのでしょうか。百田氏はたしか「2012年安倍晋三総理大臣を求める民間有志の会」の発起人のひとりであり、2013年11月にNHK経営委員会委員に就任。今年は彼にとって勝利の年になりました。

 さて、同じ零戦つながりながらまったく別の世界があることに目を向けたいと思います。
 堀辰雄です。
 岩波書店の隔月刊『文学』2013年9・10月号の特集は堀辰雄でした。幸い岩波書店のサイトにその一部、敬愛する池内紀さんの「強靭な人」がまだアップされています。
     http://www.iwanami.co.jp/bungaku/
 吉本隆明の『「食」を語る』(2005、朝日新聞社)にも堀辰雄の強靭さにふれた箇所があったと記憶にあるのですが、手元にありません。古書に出してしまったかしら。

 政治経済に直面する批評世界での強靭な精神となれば石橋湛山の“比類のない自由主義”でしょう。
 わたしは2014年の読書界に石橋湛山の著作が復活すると見ています。できればテレビなど大手メディアで石橋湛山が取りあげられるようになってほしいのですが、“小日本主義”など見向きもされないかもしれません。

 そのテレビ業界に対して、昭和の生き残りにして一大年寄りというべき野坂昭如さんが元気に繰り言を述べていらっしゃいます。以下、毎日新聞に連載中のエッセイ『七転び八起き』(「どこでけじめつけるのか」2013.12.17)より抜粋。

  ぼくは民放育ちである。
 (中略)テレビの芸の本質はマンネリである。タレント芸人、うまくマンネリ化すれば長持ちする。かつてのそのマンネリに芸があった。
 (中略)今のマンネリには先がない。キラリと光る過激な発言者も、言動、風貌のけったいな存在も、今は育ちにくい。CMもつまらなくなった。CMはテレビという虚構の中で、ふと現実に立ち戻る。手品のような作用がある。今は視聴者に媚びたものばかり。番組のつくり方も、スポンサーの意向に左右された色が濃い。(略)お笑い、歌番組、グルメ、大食いが目立つ。本物の歌手が去り、歌詞もまた、言葉が蝕まれている。女の子の集団が歌い踊りまくる音楽も結構だが、心に長く残る曲がない。使い捨ての歌ばかり。
 テレビは日本の娯楽、文化を表すといわれてきたが、今はゴミ箱と化した。

 年寄りは野坂さんのようにもっと繰り言を言うべしとフセジマは思います。そして反論があれば、繰り言になってもいいから発言したらいいと考えます。しつこく、しぶとく生きて世間に関わることで自分の居場所と他者との関係を確保できる、とおのれの経験から確信しているからです。
 そのテレビ業界での今年の収穫は、わたし個人の趣味もたぶんに反映しますが、今年になって世界的な評価を呼び戻した小津安二郎の特集でした。
 それがNHKBSプレミアム「小津安二郎・没後50年 隠された視線」(2013.12.12放映)。よく知られたローアングルの技法にとどまらず、大胆な省略、綿密な絵コンテ、「赤」への愛着と日曜雑貨としての取り入れ、蓼科でのシナリオづくり、出演した女優の熱い証言(たとえば岡田茉莉子の「(撮影所での)100もの視線が役者をつくっていった」)など、テレビの前で久しぶりに釘付けになりました。

 年越しの本を何にするか思案中の方にお薦めは、佐々木譲さんの新作『獅子の城塞』(新潮社)。読みはじめてこれはいいかもと思うのは福島亮大『復興文化論〜日本的創造の系譜』。今年出会った本でありがたかったのは、寺山修司『戦後詩〜ユリシーズの不在』の復刊でした(講談社文芸文庫)。
 お得な情報では、札幌の場合ですが、林望『謹訳源氏物語』(全10巻 。2010.3〜2013.6刊行。祥伝社)が図書館でほとんど待たずに借りられるようになりました。地の文がよくわかるすばらしい訳と開きやすい装丁です。
 一見すると地味ですが典雅な歌集は堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』(港の人)。手に取ると、1頁1首という紙の使い方が贅沢でなく当たり前のことに思えます。これもお正月にどうぞ。
   「空中にわずかとどまる海鳥のこころあなたと雪を分け合う」(堂園昌彦)
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by waimo-dada | 2013-12-26 22:25 | アートな日々

カレル・チャペックのお芝居を観にいこう

 観る前に読み直すか、観に行けそうもないから本でも読むか・・・。

 札幌座が11/29〜12/2、新札幌のサンピアザ劇場でカレル・チャペック原作「ロッサム万能ロボット会社」を上演します。どんな芝居にして魅せてくれるか、いま多くの市民の注目を集めています。
 というのも、国がいよいよ「特定国民ロボトミー保護法案」を国会に上程しようとしているからです。
 芝居を観に行けるかどうか長患いでちょっとビミューなわたしは、とりあえず栗栖茜訳の『カレル・チャペック戯曲集Ⅰ』を図書館で借りました。

 そして、それとこれとはまったく脈絡ない話ですが、新聞の書評で知った赤坂憲雄さんの新作『北のはやり歌』を本屋さんに注文しました。北方系住民としては見逃せない本ですので。

 で、新聞記事の切り抜きと図書館で借りたチャペックの戯曲集がたまたまお近づきになると、あれまあになりました。
 「孫が読む漱石」の新聞記事と本の表紙をご覧ください。
 イラストレーションの作者は和田誠さん(1936年4月生まれ)です。
 いつまでも現役でよいお仕事を、と祈らずにはいられません。

 ついでながら今日はエゾモモンガが事務所の窓に初登場。
 こないだ冬支度を終えたばかりのエゾリスの巣を横取りせんとうかがっています。
 わかります?
 とてもよくできた保護色なので、自然のなかで眼球をしっかり作動できない人は見すごします。
 いつも忙しく眼がばたつかせている人は、窓の外をそっと見やることなどないでしょうけど。

 健常者のみなさま。モモンガはともかく、よいお芝居はお見逃しなさいませんよう。
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by waimo-dada | 2013-11-19 10:56 | アートな日々

桜木紫乃さんの釧路と東京

 2013年上半期の直木賞を受賞してブレークした桜木紫乃さんのお話がおもしろい。
 たいそうな評判をとった9月5日の道新ホールでの講演は聴き逃したが、11月16日の毎日新聞「特集ワイド〜近藤勝重の世相を見る 作家桜木紫乃さん」はいまのところ新聞社のサイトに掲載されていて、全文を読むことができる。
 http://mainichi.jp/feature/wide/

 このなかで紫乃さんはふるさと釧路の街灯が「ただ照らし続けている」シャッター通りについて、「美しいと思うのは、私が昔の風景を実際に見ているからです。ふるさとは記憶の降り積もった場所。自分の記憶のふたをあける場所でしょうか。」と話す。
 そんな土地から見た東京の街はどうかと訊かれて。
 「人より走るのが速いとか、頭がいいとか、人より優れたものを持っていないと出て行けない場所。闘う武器が何か一ついる場所。疲れますね。」
 「何でも手に入る。(中略)でも、望んだようには働けない。同じような気持ちで地方から出てきている人、いっぱいいるんだろうな」

 のどがつまるような話だった。
 時代は何を変え、何を変えないでいるのか。
 人には歩くことでしか自分を立てられない夜がある。
 今夜も外灯がひとつ、彼、彼女の背中をぼんやりと照らしている。
 釧路で、東京で、札幌で。

 釧路でも東京でもない札幌に生きるってどんなことなんだろうと考えた。
 まあ合の子のようなところです、というわけにはいかない。きっと、人の数だけ答がある。
 わたしがいま自分について言えること。それは北海道の札幌に生きた、ということ。
 家族と暮らす街、札幌。足を広げて働き、遊んだ土地、北海道。
 武器はいらなかったが、何かひそかなものをひとつくらい持っていたかもしれない。
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by waimo-dada | 2013-11-19 10:47 | アートな日々

音楽の陽だまり

 2013年夏から秋へ。
 街を歩けば、くすんだ舗道の上に平和で幸福な日々と明日の保証もない不幸せな日々が交じりあって石のように転がっている。
 この国にはいつのまにか能天気に文化を享受できない灰色の路が広がっていた。平和で幸福な気分にひたるために欠かせない若い人たちの希望が、雨に濡れそぼつ花火のように光と未来を喪っていたからだ。
 まっとうな職を得られない、結婚できない、家族を養えない・・・。

 せんじつめればこうなるもとは、稼ぎの多寡にある。
 まことに不遜、怠慢、不誠実な仕事ぶりながら、国税庁がようやく給与所得者を「正規」と「非正規」に分類して2012年の平均給与をはじいた(毎日新聞2013.9.28)。
 民間企業約2万社の給与から推計したという数字は、正規467万円、非正規168万円。非正労働者の稼ぎは200万円に満たない。で、厚生労働白書2012年版によれば、労働者全体に占めるこの非正規雇用の割合は、2000年の26%から2011年には35%に増加している。
 年齢階層別のデータが手元にないのでこれが若い非正規雇用層の実態だとはいえないが、若い世代の貧困に関する新聞やテレビの報道、NPOの会報などで見聞した多くの事例を思い浮かべると、年間200万円の壁の前で立ちすくむ人々、手取り月収10数万円の暮らしぶりに目を閉じるわけにはいかなくなる。

 そんな若い世代をつくった結果責任を負う人々、わたしたち団塊の世代をはじめ年金がそれなりにあたる人生後期の安全地帯に入った人々に、いったい真に平和で幸福な日々は来るのか。思えば気が重くなる話である。
 しかし、気が重くなるのはけっして悪いことではあるまい。むしろまっとうな心持ちではないだろうか。もしかしたら、ある日、何かのバネになるかもしれない。血管の浮き出た老いた腕がムシロ旗を掲げる勇気を養うかもしれない。
 (ふと妄想が頭のなかを走る。いつか都心の大きな通りでフランスデモをやってみたい。そう、手をつないで、道路いっぱいに広がって行進するデモ。あれは楽しい! 先頭がすぐに逮捕されるドジなデモだけど・・・)
 そんな妄想の小石を胸にそっとしまい、陽だまりを探して歩いてみた。

 夏から秋、列島の各地で無数の音楽イベントが開催された。わたしたちはそのごく一部しか享受できないが、メディアの発達した今日はラジオや新聞だけでなくインターネットを通じて直接間接に音楽を楽しんだり、音楽シーンに想いを寄せたりすることができる。
 そのなかには意外な事実や新鮮な発見を伴うものが少なくなかった。音楽を聴くとはどういうことか、わたしたちはある固定された様式を音楽鑑賞だと信じていないか、改めて考えさせられることもあった。以下、手帳の走り書きと日々高速度で消えてゆく記憶の断片、いただいたメールなどから。

〈6/26 新国立劇場中劇場 創作オペラ「夜叉ケ池」〉
 新千歳から成田へ。初めてのLCCジェットスターは往復1万円弱。佐倉の川村記念美術館に寄る。たいそうなお金をかけた庭園美術館だ。レストランからの眺めもよいが雨の日の平日なのにランチにありつくまで1時間半も待たせるお粗末なオペレーション。周囲にはなにもない。コンビニもない。晴れた休日はどうなるんだろう。いくらなんでもランチボックスくらいは用意するんでしょうね。
 ホスピタリティ欠乏症の美術館で不用意な時間をとられ、東京都心の夕食は東京駅のエキナカベンチとなった。サンドウィッチをかじって初台に急ぐ。新国立劇場の創作オペラはどうしてもこの身で体験しなければならない。 

 新国立劇場のオペラ部門の芸術監督は、札幌交響楽団音楽監督の尾高忠明さん。
 札幌ではオペラも上演できる大型劇場が中央区北1西1に5年後の2018年度にオープンする。名前はまだない。市民交流複合施設という殺風景な名称で市街地再開発計画が進んでいる。その再開発ビルの中に2,300人収容の大きな公立劇場ができる。当然、貸し館だけでなくオペラもミュージカルも創り出していく、にちがいない。というのはわたしの思い込みだけで、じつは創造的な思想、構想は今のところまったく見えない。わかるのは、頭脳を持たない巨大な体躯のシアターの建設が進んでいるということだけだ。

 そんなことはないだろう、と考えたい。
 もしオペラを創るというなら、まず必要な創り手を組織し、運営体勢を確立しなければならない。オペラは、歌舞伎や映画もそうだが総合芸術であるだけに多くの多彩な才能を求める。しかし、脚本、音楽、舞台美術、衣装などパーツのすべてを単独で内製化して制作販売しなければならないというものでもない。各地の有力劇場と提携してノウハウを蓄積し、合同制作、巡回公演という仕組みに参入することも十二分に考えられる。そもそもこの劇場はどんな目的で、だれのために、いかに運営されるべきか。考え抜かれた計画的な戦略と多くの人の多様な時間を必要とする。
 市制百数十年記念の市民オペラまたはミュージカルをやってみんなで盛り上がりました、めでたし、めでたし、というような話ではない。
 だから新国立劇場との連携はとても重要な意味を持つはずだ。しかし・・・。

 休憩時間に尾高さんご夫妻のお姿が見えた。ご挨拶して札幌の計画についてたずねた。尾高さんのお答えは「そんな話、知りません」だった。
 話の接ぎ穂を失ったわたしは、「札幌に戻りましたら、しかるべき方にお伝えします」としか言えなかった。
 後日、札幌で尾高さんに近い方に伺うと、「計画の説明を受けたことはある」とのことだった。おそらく、説明する側は尾高さんがどんな方かさえ十分に知っていない。もったいないではすまされない。公立劇場を「計画」する話になっていないのだ。再開発ビルのある部分をハード面から建設、整備するだけの話にとどまっている。そのハードも、どうやら窮屈そうなお話であった。
 行政内部の管轄も複雑で、公立劇場の担当は文化部でなくまちづくり担当部局だ。劇場づくりの指揮、戦略戦術は、だれの目にも見えていない。

 新国立劇場創作委嘱作品・世界初演、泉鏡花原作、香月修作曲の「夜叉ヶ池」はすばらしかった。
 この純国産オペラの制作を主導したのはほかならぬ尾高忠明さんである。
 札幌が頂戴している尾高さんとのご縁をどう生かしていくか。
 課題はもちろんそれだけではないけれど、市民のみなさん、敗者復活戦をあきらめるわけにはまだ早い、とわたしは思う。

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〈7/5 札響夏の特別演奏会“ザ・プリンシパルズ”〉
 指揮は尾高忠明さん。オーボエ独奏者がカデンツァをホールいっぱいに響かせはじめた。おもしろい。彼女がつくったカデンツァだろうか。わたしはこの独創的なコンサートが成功したと思った。企画、マーケティング、演奏の三点が揃った。なにより、若い主席奏者が楽器といっしょになってキタラの大ホールに響いているのがうれしい。おしまいはラヴェルの「ボレロ」大合奏。晴れやかで瑞々しいコンサートになった。
 彼らもわたしたち聴く者もうれしかったザ・プリンシパルズ。ぜひ、シリーズで・・・。われらが札響のコンサートに若い市民がもっともっと聴きに来るように。そう、今日はキタラに若い人が目についた。ブラバンや学生オケの子が多いのだろうか。

〈7/24 ノルウエー・サーミとアイヌの交流コンサート〉
 お目当てはOKI&MAREWREW(オキ&マレウレウ)。会場の大通2丁目サッポロミュージックテントに早く出向いていい席を確保した。何組も登場してトリがOKIさんたち。しなやかで強く美しいOKIさんたちの表現、その確固たる様式は、すでに世界に通じている。この先どこに向かうか、注目したい。

〈9/8 北海道ツアー二人会 島袋優(ビギン)×大島保克 琉球処ちゅらうたや〉
 チケットを買ってあったが8月末に入院して行けなくなった。2007年にピアノのジェフリー・キーザーと共演したCDを聴いて好きになった大島さんの唄を生で聴きたかった。そこで家人Aと家人Bに飲食店内かぶり付き鑑賞を代行してもらった。家人A、Bは本の捜索隊員を命じられたり、沖縄音楽鑑賞代理人に指名されたりと、なにかと忙しい。
 その家人Aのメールから。
 「大島さんの声がきれいだった。若いのか年寄りなのか分からない魅力がありました(実年齢は40半ば)。やんちゃな子ども(島袋)を優しく見守るお母さん(大島)って感じ、二人は同級生なのに。(あくまで個人の感想です)
 トークも面白かったよ。常連さんノリノリ。
 母さんはポップ系より島唄っぽい方が好みだったって。確かに、島唄っぽい曲は西表に行った時の風を感じた。特に牛車で離島に行った時の感じ。
 島唄にも地域差とか色々あるらしいけど、そこまでは分からなかった」

 家人A、Bといっしょに沖縄に行ったのはいつのことだろう。講演のついでに那覇に2泊、西表に3泊した。
 石垣島に戻る西表島のフェリー乗り場兼バス乗り場でバスの運転手が三線をのんびりと練習していた。
 「これくらいできるようにならないとね」と彼は言うのだが、さて、いつになったらうまくなるんだろうという感じ。あれも島時間というのでしょうか。わたしは好きです。

〈9/10NHKFMクラシックカフェ〉
 早朝、病院のベッドでアンドラーシュ・シフのピアノでバッハ「パルティータ第1番変ロ長調」(BWV825)を聴く。
 なんだ、この革新的演奏は。グレン・グールドのバッハだけが革新的ではなかった。シフが弾くハイドンのピアノソナタは好きでCDもあるが、バッハをこんなふうに弾くとは知らなかった。熱心な音楽ファンでない、何十年も遅れて遊んでいるわたしには驚くことが毎日のようにある。高価なレコードを買えなくてひたすら頼りにしていた学生時代からのFMラジオ放送に今日も感謝。
 かつて、1977年の初来日のときだったろうか、若きシフを聴くチャンスはあった。厚生年金ホールであった札響との競演に出かけようとしたら急な仕事が入った。タクシーで駆けつけたときには前半のピアノ協奏曲はもう始まっていた。もちろん客席には入れない。
 何本も大きな仕事を抱えて得意気に走り回っていたころのこと。仕事はおもしろいがそれだけだとようやく気づいた。だれもいないロビーで初めてうなだれた。

〈9/14 毎日新聞 梅津時比古「新・コンサートを読む」〉
 今年で34回目を迎えた群馬県草津町の「草津夏期国際音楽祭アカデミー&フェスティヴァル」。今年の開催期間8/17〜8/31。草津は標高1,200mの温泉保養地。夏も軽井沢並みにすごしやすい。
 ちなみに、札幌で開催されるパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)は今年で24回目。開催期間は7/6〜7/31。10歳も年長さんの草津に敬意を表してか、海外から招くゲストのスケジュールを考慮してか、開催期間ですみ分けている。
 この新聞記事は出色、異色のコンサートレポートである。少し長いが記事の要所を抜粋して引用する。

 「曲を通して、遠山と楽器は一体となり、聴いていて楽器の存在をすっかり忘れた。ピアノを弾かないで弾いている。楽器に力づくでものを言わせない。生まれてくる音に耳を傾けている。音が自然にモーツァルトとして鳴っている。」
 ・・・こうした体験は一般のわたしたちにもなくはない。わたしもキタラで何度か経験している。演奏会に出かけていった者だけが味わえる至福のときがある。

 「休憩が終わりに近づいても、美しい音が耳から離れず、そこにほかの音をまぜる気がせず、後半を聴くのをやめた。」
 ・・・想像できます。しかし、そこまでの経験はわたしにはない。
 この日のコンサートのお題は、シューベルト「ます」/ウェルナー・ヒンクと仲間たち。つまり主人公はPMFの講師としてもなじみ深い元ウィーンフィルのヒンクさんである。ピアニストの遠山慶子さん(1934年生まれの79歳)はこの音楽祭を始められたお一人である遠山一行さんの妻とはいえ形式上はお仲間のひとりにすぎない。その遠山さんがコンサートの冒頭でモーツァルトのピアノソナタヘ長調K332を弾き、つぎにヒンクさんとモーツァルトのバイオリンソナタ変ロ長調K378を演奏した。
 筆者の梅津さんは遠山さんの音に身も心も投じてしまったようだ。

 「ホールの外に出て、夕暮れ前の草津の森を一人で歩いた。青空がまだ残って、いわし雲が白い線を何本もかけていた。笹を分けて森へ入って歩いていると、遠く水の音が聞こえてきた。せせらぎがあるのかと思ったが、なかなか近づかず、不意に消えてしまった。風がやみ、静けさに満ちると、せせらぎに聞こえたのは、風による木々のざわめきと分かった。全く無音になった森の中を、黄色の羽の小さな蝶が舞って葉に見え隠れする。たくさんの音に囲まれているはずの森のこの静けさによって、世界と一体になれる気がした。
 遠山の音も、世界と融和する静けさだった、と気づいた。」
 ・・・なんともぜいたくな時間をすごされたものよ。
 群馬県生まれのわたしはこの音楽祭に参加したことはない。もし時間と多少の運がわたしの身に残るなら、早めにチケットと宿を予約して出かけてみたい。

〈10/11 札響10月定期公演より、ラドミル・エリシュカ指揮・チェロ首席奏者石川祐支による
ドヴォルジャーク「チェロ協奏曲」〉

 知人にメールで「札響10月定期に行こう」と呼びかけたら、Oさんからこんなうれしいメールが返ってきた。

 「石川さんのチェロの音色は、とても品位があって、透明感がありました。
 秋の澄んだ空気のようで、2楽章のチェロの旋律が歌う部分など、豊かで、本当に美しかったです。(中略)石川さんのチェロに大平さんはじめ弦パートがかぶっていくところなども、とても音色が調和しているように聞こえ、(私だけかもしれませんが)同じオケでいつも演奏している一体感のような繋がりを感じました。
 石川さんのアンコールは、バッハの無伴奏第6番サラバンドでこれも素敵でした!
 前半に集中しすぎて、後半、あまり覚えておりません・・・」

  こんなメールを頂戴すると、車椅子に乗ってでもコンサートに行きたくなる。
 わたくし、地元にいい楽隊と音楽堂がある幸せを東区本町病院のベッドの上でしみじみと思うのでありました。


写真注)2枚目は6月末に上京したとき、森美術館で開催されていたLOVE展から草間弥生さんの作品「愛が呼んでいる」。例外的に撮影が許されていたので夜景をバックに1枚。
 展覧会の最後を飾るのは札幌で生まれた初音ミクの映像。未来の可能性を示してというねらいでしょうが、安易でつまらない。軽くバカにされた感じ。
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by waimo-dada | 2013-10-15 17:45 | アートな日々

たまには爽快なドライブで夏のアートシーンめぐり

 昼すぎに札幌の元気なアートシーンめぐりに出かけた。
 昨日、映画監督の早川渉さんらと市役所で札幌市文化芸術基本計画の骨子を練った際に、わたしは民間のすばらしい仕事ぶりを取りあげようと再提案した。しかし、このことは簡単ではない。文化関係者は札幌にもたくさんいるけれど、自身が関わっている分野以外に関心を寄せる方はけっして多いといえないからだ。

 今日の最初で最大の目的は「小別沢クラフトマーケット2013」。宮の森から(昔はときどき幽霊が出たが今はほとんど出ないと聞く)トンネルをこえてしばらく下ると、手づくりの旗が呼んでいた。右折してすぐ現れた会場は木工・家具づくりのトップランナー高橋三太郎さんの仕事場だった。
 すばらしいロケーション、会場で、優れた作品にふれられるのは出かけた人だけのもの。出品した作家は旧知の木工クラフト作家中井吹雪さん、新谷希さんほか、陶芸、金工・ガラスなど計8名。ゆっくりご覧になることをお薦めします。7月28日(日)まで(11:00~17:00)。

 ついで発寒川をぐるっと回って円山のギャラリーRetaraへ。こちらは、1990年ごろの丸井今井デパートのカレンダーを展示して、もはやアーカイブとなった北海道のアーティストの仕事を一覧する仕組み。砂沢ビッキや杉山留美子さんなど亡くなった作家もいる。原画が保存されていれば宝の山だが、どうなんだろう。ギャラリーオーナーの吉田茂さんとギャラリートークをされた北村清彦さんに会ったら聞いてみよう。

 さて、六花亭で季節限定(8/15まで)のみずみずしい水ようかん(@350)をドドドドッと買い占め、双子山の郵便局で山岳保険の保険料をしっかり振込み、ギャラリー門馬ANNEXに立ち寄って奥に進むと、あのいつも気持ちいいテラスの下で、なんと「シャボン玉自動発生装置」が稼働しているではないですか(写真の手前でのぞいているのは金属彫刻家の浅井忠さん)。手持ちのコンパクトカメラではとても映像にできないがシャボン玉が大きくてしっかりしているのは、特別のレシピによるものとか。若手建築家、やるじゃないですか。
 このシャボン玉は「UN40〜40歳以下の北海道の建築家による建築以外の表現展」の出品作のひとつ。8月4日(日)まで(11:00~19:00)。

 三太郎さんとも話したことだけど、美術、演劇、音楽といったファインアーツの枠のなかだけで札幌の文化芸術を語るのはつまらない。建築、家具、デザイン、クラフト、映画、文芸、漫画、アニメetc. わたしたちが暮らす札幌と北海道には楽しくて美しくて産業の一員でもある「アーツ」がしっかり根付こうとしている。
 文化芸術を語ることは人生を語ることにほとんど等しい。
 わたしが考える札幌のアーツセンターは、だから人生のように深くて広い。 

 あしたは何して遊ぼうか。
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by waimo-dada | 2013-07-26 22:22 | アートな日々

金曜日のとなり旅

 いっせいに戻ってきた光が雨にぬれたミズナラの葉裏を貫いています。

 昨日は雨が予想されるので赤岩ハイキングと祝津からの遊覧船を省いて昼から小樽へ。
 お目当ての「滝口修造のシュルリアリスム展」は全国の公立美術館を旅する巡回展ですが、ていねいな構成がうれしいです。きれいでダンディーな絵画作品もあります。そう、瀧口さんはとてもダンディーな人でした。実験工房でご一緒された武満徹さんもそうでした。
 ほとんど観客のいない静かな館内でほっこり。旧小樽貯金局のモダンな建築意匠を生かしたここは何度来てもいいところです。喫茶室やカフェなど、きちんとゆるく遊んでいるところも大賛成!
 「滝口修造のシュルリアリスム展」は小樽美術館・文学館で6月30日まで。
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 都通りの「あまとう」で一休みして、小樽駅前からわかりにくいバス便を利用して小樽築港のグランドパーク小樽へ。
 伊藤整文学賞の集まりは今年と来年でおしまい。背景は会員の高齢化と資金難。わたしも高齢者です。すみません。
 例年は受賞者の話を聴いてから読むことが多いのですが、今年は辻原登さんの受賞作『冬の旅』をもう読んでいます。なので余裕十分に選考委員やご本人のお話を聞くことができるはずでした。
 残念なことに次の予定が控えています。辻原さんのお話が『罪と罰』を引いて「しかし実際の人生は特別の理由がなくても転がっていく」と『冬の旅』の本筋に入ったところまで確かめてJRで琴似へ。
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 琴似駅から歩いて5分ほどのレッドベリースタジオで佐々木譲さんのこの日のために書いたという新作短編の朗読会。辻原さんもそうだけど佐々木さんもまた手練れのストーリーテラー。その作家が手持ちの写真も駆使して話者を演じます。
 わたしはこの会に同席した演劇関係者に、劇場で新鮮な演出の朗読会をやれば劇場の新しいマーケティングにもなりますぞ、とすこし興奮して話を向けました。

 佐々木さんをはじめ弘前劇場の長谷川孝治さんらと夜更けの琴似のまちに流れて議論白熱。モーツァルトの楽曲をプラットホームにしたホンを書きたいという長谷川さんの構想などが話されました。
 札幌でまたおもしろいことが始まりそうです。
by waimo-dada | 2013-06-15 17:37 | アートな日々

体育会が文化を支える?

 静かな土曜日。
 山から帰って今週は次期「札幌市文化芸術基本計画」の議論に灰色の脳細胞を集中させた。
 本委員会でのわたしの提案から基本となる考え方をぐぐいと切り替えて、検討起草小委員会があらたに発足した。北海道大学佐々木亨、北海道教育大学閔鎭京、映画監督早川渉という若い衆とわたしフセジマの4人でやさしくない課題に取り組む。いっときの幻想にすぎないが脳細胞が淡いピンク色になっていたかも。

 いつも思うことだけど文化は足元からはじまる。歩いてみなければ出会えない、わからない。つまり文化系の下には体育会系がなければならない。(結論を急いではいけないが「スポーツが文化を支える」と言えなくもない。ファイターズ、コンサ、勝ってくれー! こら谷元、外に逃げるな 胸元をえぐれ!)

 で、今週もあちこち歩いたがなによりの収穫は市民ギャラリーで開催中の「第46回さっぽろくろゆり会展」。ほとんどが具象だが風景画にも静物画にも名品あり。小樽の海、北大植物園、北大第2農場など。いいですねえ。
 北大出身者のグループゆえか対象への対し方、呼吸に共通する何かがある。愛し方といってもいい。それがある種の品につながるのだろうか。
 身びいきだが旧知のKさんの風景画4点に静かな冴えを感じた。
 思わず「ください。1点でいいから、ね」
 「そのうちに・・・」

 展示は終わったが写真家上田義彦と弟子の妻夫木聡の二人展(札幌キャノンギャラリー)で、越前和紙に出力した妻夫木の作品に出会った。世間を瞠目させることはないだろうがわたしは注目したい。うまいだけの素人とは眼がちがう。

 若松孝二監督の遺作となった映画「千年の愉楽」。原作は中上健次。たまたま和歌山県出身の作家辻原登さんの『冬の旅』を読み終えてまもなく、仏教的カタルシスを感じていたものだから、重なった。
 重なりはまだ続く。6月14日(金)17:30よりグランドパーク小樽で伊藤整文学賞の授賞式がある。「冬の旅」で受賞した辻原さんのスピーチがいまから楽しみだ。
 しかし、あー、日本でいちばん楽しい文学賞の集いも今年と来年でおしまい。なんということか。おれはいやだ。おれが金持ちだったら・・・。

 重なるときは重なるもの。前日にラジオから第8番の交響曲が流れたブルックナーの第7番を札響で聴いた。学生時代にラジオから流れる第7番をソニーのオープンリールテープレコーダー6260に録音してからその楽曲は脳にしみ込んでいる。それをキタラのホールで聴く。指揮は尾高忠明さん。足を運んだ者だけが立ち会える愉楽、悦楽のとき。席はいちばん安いC席(3,000円。道新のプレイガイドでぶんぶんクラブのカードを提示すれば2,700円)で十分だ。ブルックナーの曲ではキタラのホールの気体がそのまま響くから。わたしたちの体がホールの響きの構成員になるから。
 わたしは来月、上京のついでながら尾高さんが芸術監督を務める新国立劇場の創作オペラ「夜叉ケ池」に会いに行く。チケットはおさえた。

 釧路の劇団北芸の解散公演の最期の舞台がシアターZOOで!
 予定はあるがそんなものは捨てて、中島公園のへりのシアターZOOまで、体育会の足で歩いていこう!
by waimo-dada | 2013-05-18 15:10 | アートな日々

映画を追い、本に追われて名残り雪

 映画と本。共通するのは困ったさん。

 映画は忙しくて困る。そのうちに見に行こうなんて考えが通用しないくらいは長く生きてきたから、手帳に“見に行くぞ”マークをつける。それでもあっという間に「上映は◯◯日まで」となる。まずそうなる。
 「ゼロ・ダーク・サーティ」も「横道世之介」も「愛、アムール」も、ぎりぎりセーフのみなさまと満席のご同席でした。でも行ったかいがありましたね。

 「ゼロ・・・」はよくできたハリウッド映画ゆえに要注意。『本』(講談社)連載、高木徹(NHKディレクター)「国際メディア情報戦」の4月号「物語としてのビンラディン殺害」を読むと背景や事情がよくわかる。それもまたおもしろいだけに気がめいる。アメリカとハリウッド映画の前でわたしたちは相変わらず(ダグラス・マッカーサー将軍のいう)“少年”のままでいるのか。

 「横道・・・」は切なさという時間と人生の調味料をじょうずに使ってたのしい映画に仕上がった。で、わたしは「祥子ちゃん」(吉高由里子)のファンになった! 2012年の映画各賞で上位に入った「桐島、部活やめるってよ」の非連続的青春映画であり、この2作を通して甘酸っぱい青春とほとんど無縁ですごしたことをあらためて思い知らされた前期老人の多くは、実人生では味わえなかった青春を疑似体験できるよう取り計らってくれた若き映画人諸兄に感謝するほかありません、でした。

 いっぽう、「愛・・・」は苦しい。ハリウッドは世界規模でずるいから、絶対つくらない、つくれないこの種の映画にアカデミー賞外国語賞をさずけて、遠ざける。「おれたち、見る目はあるんだけどね」とうそぶきながら。
 それはさておき、なぜわたしはこんな苦しい映画をしまいまで見てしまったのだろう。
 それもまた映画人の力というほかない。
 なかでも気になったのは、すさまじい老醜の演技をみせる妻アンヌ役の女優さん。どこかで見たことがある。どこでだろう・・・。
 その人は「ヒロシマ、モナムール(わが愛)」でヒロインを演じたエマニュエル・リヴァだった。あの美しい女優さん・・・。

 たしか、その映画の原作は『モデラート・カンタービレ』を書いたマルグリット・デュラスによるものでなかったか。

 『モデラート・・・』は、本を捨てて今の手狭な住まいに引っ越したわたしが、自身に「それを捨てちゃなんねえ」と懸命に抗弁して残した、青春期に出会った本の一冊である。
 デュラスが描く世界は大きく動かない。しかし、能の舞台のように登場人物の一見噛みあわない対話があり、能の展開ほどではないが破局に向かって動く序破急のリズムがあるのが魅力だ。

 「愛・・・」もまた、夢幻能に似た手法でわたしたちを物語に乗せてどこかに運ぶ。そのときわたしは、恋愛小説の名手、高樹のぶ子さんの傑作『飛水』(ひすい。同じ作者の『トモスイ』『マルセル』をしのぐ、とわたしは買う)を思い、愛し合う人たちが死してなお伴にあろうとする思いの強さに、のどがつまった。
 もしもマルグリット・デュラスと高樹のぶ子の対談が実現していたら、それはそれは、命を懸けた夢幻能の世界となっていたでしょうね。いわば、どこか遠くに飛んでいきましょう合戦。

 さて、本は映画とちがって急がない。まして、図書館で借りて読めば家人の冷たい視線を浴びなくてすむ。世界と家になんの問題も生じない。
 しかし、本の多くは非常識だから世界の向こうから突然やってくる。常識の世界に生きるわたしたち一般人は、そんな超越的存在に抗する知力も気力も持たないので受け入れざるをえない。
そして今日もやってきた。

 『山本容子のアーティスト図鑑 100と19のポートレイト』(文芸春秋)は、佐々木譲さんの『図書館の子』(絵:蒲原みどりさん)と同様、買って手元に置く本。
 『魯迅の言葉』(平凡社)は先日、「世界で最も美しい本」コンクールで銀賞に輝いたと知って急きょ発注し、入手した。
 数年前に上海市の魯迅記念館を訪ねたとき、中国の人々のなかに魯迅さんが今も生きていることを肌で知ったと思う。しかし、それは魯迅公園で遊興のときをすごす大多数の中国人と魯迅さんの関係にそのままつながるものではない、とも考えた。

 ま、むずかしいことは、中央図書館から借りてきた「山ねこ」に喰わせて。
 JRタワー10周年記念「宮沢賢治」展の収穫は、賢治さんにほれて絵本の絵を描こうとした人がこんなにいたんだ、という発見でした。
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by waimo-dada | 2013-03-29 22:07 | アートな日々

キョンキョンからユーミンの旅

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 2月は光の春。鎌倉から新潟まで旅をした。
 旅のテーマは“キョンキョンからユーミンへ”。

 小泉今日子主演のテレビドラマ「最期から二番目の恋」の舞台になった江ノ電の極楽寺駅をスタートして、鎌倉文学館までゆっくり歩く。
 北海道にくらべて風景の寸法が小さいせいか、のんびり歩いても町の景色がずんずん変わる。お寺の先に材木海岸が見え、坂を下り、大勢の観光客で混み合う長谷の界隈をすぎれば静かな住宅地。文学館に上がる石畳の道は木々のしつらえも美しく、清楚な湿度が心地よい。
 聖バレンタインのシーズンを迎えた文学館では、入館するとすぐに執事のような人から小説の一節を題材にしたくじが渡される。ここに来さえすれば愛らしいおみくじがだれにも届く仕組みだ。恋人のいない人はもちろん失恋した人にも当たる。やりますね、鎌倉文学館。できれば愛人とそっと行かれるとよいでしょう。
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 東京で渋谷BUNKAMURAの「白隠展」と森美術館の「合田誠展」をチェック。
 宿は東京ステーションホテル。むかし、東京ブルーノートでミシェル・ペトルチアーニを聴いたときに使った渋いホテルはいま様変わりして、昭和はロングレールの向こうにすぎ去った。
 鉄道好きの人にはドームサイトの部屋がお薦めだ。人生の朝のひとこまが見える。美しく整った通勤者たちの流れは少しもせつなくない。それどころか、あまりにきれいで、この国の人たちのいまでは古典的な朝の風景に嫉妬するほどだ。

 次の宿は群馬の山奥の法師温泉。ここは明治、大正、昭和をしっかりとどめている。歌人の与謝野晶子さんや国鉄のフルムーンキャンペーンで同世代の記憶に残る高峰三枝子さんがひょっこり現れそうで、経営者と従業員のみなさんに感謝。

 強風がやんだ朝、わたしたちが雇ったタクシードライバーは山の斜面にへばりついた集落と旧い街道をたくみにつないで群馬県と新潟県の国境(くにざかい)を越えた。
 今回の旅の一番の目的である苗場スキー場の松任谷由実がそこまでやってきた。
 一度は観たかったコンサート「SURF & SNOW in Naeba」をお世話していただいた。
 黄色信号と赤信号ばかりだった人生にありがたいことが起きようとしていた。
 それだけで十分にうれしいのに、ユーミンの仕事の現場に会うことができた。
 音楽と人をつなぐ関係者に大感謝。

 ユーミンは夜9時半から12時ちょうどまでぶっ通しで歌い、踊り、語った。
 永遠の叙情歌手にして疾風怒濤のロックンローラー、2013年2月のいま59歳。
 音楽ソフトだけではわからないその人のいまをまざまざと見ることができるライブ。
 駆けつけるわたしたちもまたライブだ。
 星のようにかがやくひとりの孤独と米粒みたいな無数の孤独が、1年に1回、どこからともなく集まって壮大な夢を見る。
 苗場でのコンサートは33回目だという。

 「駆けていかなくちゃ」
 舞台の上でちいさく独り言のように語った一瞬に松任谷由実の今が見えたように思う。
 世の老人たちよ、
 チェーホフの三人姉妹の後継者たちよ、
 生きていかなくちゃ。
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by waimo-dada | 2013-02-28 00:02 | アートな日々