N爺の藻岩山麓通信


札幌・藻岩山麓を基地に旅するN爺のブログです(写真は原始ヶ原から富良野岳)
by waimo-dada

年寄りはもっと繰り言を言うべし

 よもや、まさか・・・の1年でありました。みんなの大好きなご気分投票の結果、お任せ民主主義が一気にはびこり、この国の「普通」や「常態」が確実に劣化しました。
 為政者によるこの1年の仕上げは一民間宗教法人である靖国神社への参拝でしたか。
 天皇がなぜ靖国を参拝できないでいるか。A級戦犯合祀の経過と背景にすこしでも目をやればわかる話です。そんな男に宮中で種々内奏される陛下のお気持ちはいかに。国の象徴だから、だからこそ、押し寄せる政治の波を拒否することはできません。ただ一方的に奏上されるだけ。奏上した側はお聞届きいただいたと勝手に考えて喜ぶ。お痛ましいかぎりです。
 国営アーリントン墓地といっしょにするなというアメリカ合衆国の声もしっかり聞こえたはずなのに「日米同盟強化」としらじらと言ってとうとう参拝。国家戦略とは明文化された書類だけがすべてでないことを知っているはずなのに。
 自衛、自立。そして誇り高い孤立・・・。精神はわたしたちの財布から予算を処置することで形にすることができます。批判が届かない物質世界と精神を動員される時代が再びやってこようとはだれも考えていなかったのに。

 もし、孤立と高揚がお友だちであることをよく理解している為政者の高級参謀がいるなら、かれらは次の一手をどんどん繰り出してくるでしょう。自発的な志願へと誘う巧妙な段取りの志願兵制度の設計など、優秀な官僚にはたまらない魅力的業務がこの先の街角で待っているのでしょうか。
 きっと、楽しいでしょうね。国民の感情をうまく案配できそうだと確信できたときには。
 民間もまた、世界的企業となったグーグル社が軍事ロボット開発会社を買収する時代が到来したことを見習って、新たな産学官軍のビジネスモデルの設計に投資の目を向けるでしょう。3大銀行グループの熱い支援を受けながら。

 文芸の世界にも時代の反映が。
 百田尚樹のミリオンヒット『永遠の0』と映画は必見なのでしょうね。わたしの周辺からも「右傾気分高揚エンターテイメント」らしき賞賛の声が聞こえます。巧妙な筋立てと立派なニッポン人像に心惹かれ、染まっていくのでしょうか。百田氏はたしか「2012年安倍晋三総理大臣を求める民間有志の会」の発起人のひとりであり、2013年11月にNHK経営委員会委員に就任。今年は彼にとって勝利の年になりました。

 さて、同じ零戦つながりながらまったく別の世界があることに目を向けたいと思います。
 堀辰雄です。
 岩波書店の隔月刊『文学』2013年9・10月号の特集は堀辰雄でした。幸い岩波書店のサイトにその一部、敬愛する池内紀さんの「強靭な人」がまだアップされています。
     http://www.iwanami.co.jp/bungaku/
 吉本隆明の『「食」を語る』(2005、朝日新聞社)にも堀辰雄の強靭さにふれた箇所があったと記憶にあるのですが、手元にありません。古書に出してしまったかしら。

 政治経済に直面する批評世界での強靭な精神となれば石橋湛山の“比類のない自由主義”でしょう。
 わたしは2014年の読書界に石橋湛山の著作が復活すると見ています。できればテレビなど大手メディアで石橋湛山が取りあげられるようになってほしいのですが、“小日本主義”など見向きもされないかもしれません。

 そのテレビ業界に対して、昭和の生き残りにして一大年寄りというべき野坂昭如さんが元気に繰り言を述べていらっしゃいます。以下、毎日新聞に連載中のエッセイ『七転び八起き』(「どこでけじめつけるのか」2013.12.17)より抜粋。

  ぼくは民放育ちである。
 (中略)テレビの芸の本質はマンネリである。タレント芸人、うまくマンネリ化すれば長持ちする。かつてのそのマンネリに芸があった。
 (中略)今のマンネリには先がない。キラリと光る過激な発言者も、言動、風貌のけったいな存在も、今は育ちにくい。CMもつまらなくなった。CMはテレビという虚構の中で、ふと現実に立ち戻る。手品のような作用がある。今は視聴者に媚びたものばかり。番組のつくり方も、スポンサーの意向に左右された色が濃い。(略)お笑い、歌番組、グルメ、大食いが目立つ。本物の歌手が去り、歌詞もまた、言葉が蝕まれている。女の子の集団が歌い踊りまくる音楽も結構だが、心に長く残る曲がない。使い捨ての歌ばかり。
 テレビは日本の娯楽、文化を表すといわれてきたが、今はゴミ箱と化した。

 年寄りは野坂さんのようにもっと繰り言を言うべしとフセジマは思います。そして反論があれば、繰り言になってもいいから発言したらいいと考えます。しつこく、しぶとく生きて世間に関わることで自分の居場所と他者との関係を確保できる、とおのれの経験から確信しているからです。
 そのテレビ業界での今年の収穫は、わたし個人の趣味もたぶんに反映しますが、今年になって世界的な評価を呼び戻した小津安二郎の特集でした。
 それがNHKBSプレミアム「小津安二郎・没後50年 隠された視線」(2013.12.12放映)。よく知られたローアングルの技法にとどまらず、大胆な省略、綿密な絵コンテ、「赤」への愛着と日曜雑貨としての取り入れ、蓼科でのシナリオづくり、出演した女優の熱い証言(たとえば岡田茉莉子の「(撮影所での)100もの視線が役者をつくっていった」)など、テレビの前で久しぶりに釘付けになりました。

 年越しの本を何にするか思案中の方にお薦めは、佐々木譲さんの新作『獅子の城塞』(新潮社)。読みはじめてこれはいいかもと思うのは福島亮大『復興文化論〜日本的創造の系譜』。今年出会った本でありがたかったのは、寺山修司『戦後詩〜ユリシーズの不在』の復刊でした(講談社文芸文庫)。
 お得な情報では、札幌の場合ですが、林望『謹訳源氏物語』(全10巻 。2010.3〜2013.6刊行。祥伝社)が図書館でほとんど待たずに借りられるようになりました。地の文がよくわかるすばらしい訳と開きやすい装丁です。
 一見すると地味ですが典雅な歌集は堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』(港の人)。手に取ると、1頁1首という紙の使い方が贅沢でなく当たり前のことに思えます。これもお正月にどうぞ。
   「空中にわずかとどまる海鳥のこころあなたと雪を分け合う」(堂園昌彦)
a0248862_21415548.jpg

by waimo-dada | 2013-12-26 22:25 | アートな日々
<< 音楽の捧げもの ろ 「ロシアとの 路を拓いた ... >>