N爺の藻岩山麓通信


札幌・藻岩山麓を基地に旅するN爺のブログです(写真は原始ヶ原から富良野岳)
by waimo-dada

山から帰ってきたスプーン

 山から帰って道具を片付けていたら愛用の先割れスプーンがないことに気づいた。
 灰色の脳細胞を叱咤激励して記憶の底をのぞくと、白銀荘での朝食のあと、仲間が食器を洗う風景がとなりに現れた。そのときわたしは大鍋を洗っていた。
 わたしたちが定宿とする十勝岳連峰中腹の白銀荘は公営の自炊道具が完備した(箸だけは持参ということになっている)、すこぶる快適なスキーロッジ兼温泉保養施設である。食事は提供されないので泊まり客は思い思いに料理を楽しんで、きちんと片付けをして帰る。もちろん、わたしたちもそうした。勘案するに、わたしのsnow peakブランドのチタン製先割れスプーンは仲間の手で洗われてしかるべき箇所、すなわちスプーンの引き出しに仕舞われた。

 子細を断定して白銀荘にお願いのFAXをした。
 こういう場合は電話でもなくメールでもなく、手紙でもなく、FAXがいい。FAXにはそれなりの出番というものがある。アナログの固まりである人間にとって、もっとも実用な受信手段なのである。受信機がなって届く。すぐ読むことができ、メモしたりコピーしたりする手間もかからない。
 その2日後、白い紙にくるまれてスプーンが帰ってきた。
 スプーンをくるむ人の手が見えるようであった。ありがたいことである。

 同じようなことが数年前の八ヶ岳であった。
 温泉に入り、うまいソバをいただいた稲子湯から小海の駅まで町営のバスに乗った。あとでわかったのだが、そのバスにsnow peakの折り畳み傘を忘れた(注.snow peakブランドの山道具はおおむねそういう運命にある)。
 このときはどこで忘れたかアタリをつける電話から始めた。店もバスの事務所もJRの駅もきちんと対応してくれた。傘は返ってきた。

 この国に生まれてよかった思うときがある。きちんと働く人々がいる国だと思うことがある。
 しかし、そのことをよその人に言ってはならない。自慢そうに言ってはならない。
 暮すとはそういうものである。人生のどこに、ありがたいと感謝してそれぞれが暮らす町に帰る以上のことがあるだろうか。こんなささやかな喜びがどれだけ生きる力となることか。思えば、涙腺がゆるむ。
 岳父の形見の生真面目な万年筆でみじかい礼状を書いた。送料分の切手を添えて。
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by waimo-dada | 2013-05-03 12:46 | 山と旅
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